「さすが」は危険?子どもを褒める言葉の選び方

モンテッソーリ教育

先日、インスタグラムでリールを見ていたら、ある男性が子どもの褒め方について話していました。

どんな方なのか、教育者なのかどうかも、プロフィールまでは見ていないので分からないのですが

子どもを褒めるときに
「さすが」という言葉を添えるとか、
「前からすごいと思ってたけど、やっぱりできたんだね」と伝える、という内容でした。

ただ褒めるよりも「できるって分かってたよ」と伝えることで、
この子が嬉しくて伸びる、ということでした。

「そういう褒め方をする人もいるんだ・・・大丈夫かな。」と正直思いました。

きっと効果的なときもあるし、合う子もきっといます。

でも、気をつけたほうがいいなと感じたんです。

少なくとも、教育者であれば
そういう小手先の手法として、考えなしに簡単に使ってはいけない褒め方だと思っています。

こどもやで「褒め言葉のリスト」を作った理由

こどもやには以前たくさんのスタッフがいたので
褒め方もさまざまになります。

なのでみんなで「こどもや」らしい言葉ってなんだろう、
どう褒めて、どう言葉を選ぼうか、
と話し合ってリストを作ったりもしました。

そのときに「さすが」を何も考えずに使うのは、少し危険なところがあるよね、という話をしました。

それくらい、「さすが」は気をつけて取り扱っていいと思っています。

「さすが」「やっぱり」に隠れている期待

「さすが」は、とてもポジティブな言葉です。

でも、子どもによっては、受け取り方が変わることがあります。

「大人は自分のことをこう期待していたんだ」
「今回は期待通りに達成できてよかった」

そんなふうに感じる子もいます。

そうすると、
期待された自分でいなきゃ、その理想の自分を守るために頑張らなきゃ、
という気持ちが生まれたり、
挑戦できなくなったりする可能性も秘めている言葉だと、わたしは思っています。

もちろん、その子によっては「さすが」を渡したほうがいいときもあります。

でも、少なくとも子供に関わる教育者であれば

この子を観察した上で、
この子には「さすが」でいいのか、「やっぱりすごいね」を渡していいのか、
それとも別の言葉がいいのか

ちゃんと考えながら関わる必要があるなと思っています。

できるはずなのに挑戦できない子

これまで子どもたちをたくさん見てきて、
とても優秀な子なのに、なかなか飛び込めない。一歩が出ない。
そんな子にたくさん出会ってきました。

我が子にも、そういう子がいます。

もしかするとその子は、頭が良くて周りがよく見えていて、
自分が周りからどう思われているかも分かりすぎているのかもしれません。

全体が見えすぎるから、挑戦しにくいかもしれない。

何も考えずに飛び込める発達年齢の子が無邪気にトライする姿をみて
羨ましいと感じているのかもしれない。

一歩がでない自分を責めているかもしれない。

賢くなってきたからこそ、
優しいからこそ、
複雑な気持ちで、その一歩が出ない子もいます。

そういう子がいるよ、という事実を知っていくことがまずは大事かなと思います。

まず大人が自分の気持ちに気づく

正直、わたしでも、素晴らしい子どもたちを目の前に

「きっと、できるはずなのに、、もったいない」
「チャレンジすればいいのに」と、
つい思ってしまうときもあります

でも、まず大切なのは、
そう思ってしまっているわたし自身をメタ認知することだと思うんです。

だって、チャレンジしなくても、その子はその子でいい。

どんな子でも、あなたには存在価値があるんだよ、と安心してもらうための場所がこどもやです。

だから
「もったいない」と思うことも烏滸がましいなと自覚して、
その上で、
わたしはどう言葉と行動を選ぶのか、を決めていきます。



期待と信頼は別物。

信頼は、その子がわたしの期待した行動をしてもしなくても、全部を受け入れようと思える心。

期待は、自分の思った通りにしてくれたら嬉しい、という気持ち。

だから、「挑戦してくれたら嬉しいな」
「やらなくてもったいないな」と、子どもに期待している自分にまず気づきます。

受け入れるは「何もしない」ではない

そうやって反射的に「やってほしい」「きっとできるのに」
そう思ってしまうのは、しょうがないんですよね。

そのうえで、この子にどんな言葉をかけるのかは、観察して決めていくしかありません。

表情、普段の様子、今日やっていたこと、そういうものを含めて、ありのままを観ます。

「受け入れる」というのは、何もしないということではありません。

こどもやでは、教材もお集まりも、
それらが「この子の人生にきっと役に立つ」と思って環境用意しているので、

観察した上で、
今はちょっと頑張ってでもやったほうがいいと感じたなら、そこにアプローチをかけます。

どんなあなたも価値があるという大前提はそのままに。

そのうえで、
直接その子に「失敗」の価値を話すこともあるし、

わたしの失敗談や後悔話をすることもあるし

私が楽しそうにやってみせることもあるし、

さまざまなトラップをしかけて、つい「やっちゃう」環境にすることもあるし

信頼関係を築いた上で、
手を取って一緒に「やる」という強行突破でトライすることもあります。

そうやって観察しながら、この子にとってその時のベストを選んでいくしかない。

幼児期に関わる教育者として、
この子たちに少なからず影響を与えてしまうという自覚をもって

子どもたちに誠実に、言葉と関わり方、環境を選んでいきます。

褒め言葉ひとつにも、
子どもへの愛情と、大人自身の期待が混ざっているから。

言葉を選ぶ前に、自分の気持ちを見つめる。

そして、いつでも子どもを先頭に。

子どもの姿が教えてくれるから、
観察して、関わってみて、間違えたら、またトライ。

その試行錯誤が、
小手先の「こう褒めるといいよ」の単純な方法論よりも
子どもに自信を渡せる第一歩かなと思っています。

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